会長よりご挨拶
林業経済学会の前身である林業経済研究会が発足したのは1955年で、その活動記録や報文は『林業経済研究会報』という逐次刊行物に残されています。これが1978年に学会となり学会誌『林業経済研究』の刊行を開始し、現在に到っています。2021年3月末時点で、『林業経済研究』の全号と、『林業経済研究会報』の第30号以降が、J-STAGEで公開され、CiNii検索から辿りつくこともできます。
皆さんは、ひょっとしたらJ-STAGEなどで公開されている論考のいくつかがきっかけで、本学会に初めて関心を持たれたのかもしれません。もしそうであれば、おそらく、『林業経済』というよく似た雑誌との違いが気になられたのではないでしょうか。
『林業経済研究』は本学会が年数回刊行している学会誌であり、冊子体は学会員に送付されます。『林業経済』は学術団体である (一財)林業経済研究所が刊行する学術誌で、1948年以来、ほぼ毎月刊行されており、冊子体は購読者に送付されます。後者は月刊誌ということもあり、購読者による投稿論文の他に、招待論文、特集記事や書評など多彩な記事が掲載されています。購読者の中には必ずしも論文の「書き手」ではない方もいらっしゃるようで、直近の2年間の記事はウェブ非公開となっています。本学会の会員は、論文の読み手でもあり書き手でもあることが期待されるので、学会誌『林業経済研究』の掲載論文は即時公開としサーキュレイションを高めています。
学会誌の刊行に加えて、本学会は研究会を開催しています。これには、主として春季大会、秋季大会、「研究会Box」があります。このうち春は、日本森林学会の日程の一部として行われ、本学会が企画するシンポジウムのみが行われます。秋の大会では、会員は自由に報告することができます。「研究会Box」は、会員の自発的イニシアティブにより機動的に開催される比較的小規模な研究会です。
このように本学会では、会員の創意にもとづく多様な活動が可能であり、研究会への参加、研究発表、論文投稿はもちろんのこと、研究会そのものの企画も可能です。
なお、本学会と林業経済研究所の間には、一例として、本学会のシンポジウムや研究会Boxの討論要旨のように、学術的ではあるが論文ではないものについて、『林業経済』誌に掲載していただくといった緊密な協力関係ができあがっています。
本学会の歴史をひもとけば、もともと19世紀のドイツで確立していたForstpolitikを輸入・翻案したといわれる「林政学」が戦前からありました。当時世界的に「木材飢饉」が叫ばれ、森林荒廃や自然災害が多発する中で、近代国家が、森林や林業を制度上どのように位置づけるかという課題がありました。この「林政学」という用語は、今でもいくつかの大学の研究室名、講義名、あるいは教科書の題名で用いられています。
1948年に創刊された『林業経済』誌は、林業にかかわる歴史や制度を実証的に分析しつつ、とくに国民経済や社会全体のなかで考えてゆくことが、今後、(旧来の林政学を含む)日本文化の刷新にとって必要だと創刊号の巻頭言でうたっています。
1955年に創刊された『林業経済研究会報』は、一般産業に通じる経済理論を重視する若手研究者によって創設されたという会の発足事情を創刊号に記しています。「官」(林野行政)による制度の研究から、経済社会の担い手たる「民」(林業・林産業部門)からみた経済法則の探求を目指した、といえるかもしれません。
いまの学会名称もこれを継承しているわけですが、研究の内容にはいくつかの画期で変化がありました。とくに1992年のUNCEDがすべての学界に突きつけた「ローカル~グローバルレベルの持続可能性の探求」という命題は、今日のSDGsにつながる大きな転換点だったと言えるでしょう。その後、周辺分野や関連学会とも協働しつつ、「官」についても「民」についても視野を広げたさまざまな研究が新たに展開されるようになりました。
社系研究への社会の要請がますます高まっている中、本学会そのものの持続可能性、とりわけ若手研究者にとって不可欠な「交流の場」の維持が重要だと考えています。オンライン化の欠点をいかに補い、利点をいかに引き出すかが鍵となるかもしれません。森林と社会の関係や、森林をめぐる社会関係に関心をお持ちのすべての方々のための学会であり続けたいと念じているところです。
2021~2022年度 林業経済学会会長 古井戸 宏通